『あおいそらと空気のおいしいところ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消しゴムのことを、思い出した。

 

 こどものころ、消しゴムといえばあの白くて無表情な固まりで、当時僕のおこづかいは1日20円、チロルチョコひとつか10円ガムふたつ買ってしまえばそれでおしまいで、色や匂いのついた消しゴムやえんぴつを買うなんて夢のまた夢だった。だってひとつ100円として5日間、60円として3日間もおやつをがまんしなきゃなんない。ぼくんちではオヤツは出なかったから。たまに友達の家に遊びに行くと、チョコレートやカステラやポテトチップス、オレンジジュースが出て来たりなんかして、二階にある子供部屋までおぼんに載せたそれらを運んでくるお母さんの背後に後光がさして弥勒菩薩みたいに見えたもんだった。そのニコニコした目じりの皺なんかを見てると、生唾飲み込んでる自分が急にいっそうあさましく、地獄の餓鬼みたいになんて勿論当時はそんな言葉知らなかったんだろうけど、とにかくそんな風に思えてきて、「おかわりは?」ってせっかく聞いてくれたのに「おなかいっぱいです」とか見栄張って、もっと食べときゃよかったなぁって夜中に布団の中で後悔したりとか、とにかくひもじかったような気がする。ゴハンは人並みに(人並みってどんなだ?)食べてたみたいだけど。「友達が来ると母さんが見栄張ってオヤツいっぱい買ってくるから嬉しいよ」ってその友達は言ってたけど、僕にはそれがどんな種類の嬉しさなのかわかんなかった。だってうちに友達が遊びに来たことなんかなかったから。今考えてみるとなんでなんだろって感じがしないでもないんだけど、とにかくその頃の僕は友達をうちに呼ばなかった。オヤも連れておいでって言わなかった。僕が友達の家に遊びに行った話とか全然しなかったからかも知れないけど、話してても多分言わなかったろうと思う。

 学校が終わると、ランドセルを背負ったままであるいは友達の家や学校に預けて友達と遊びに行く。行き先は近くの林だったりその中の細い川だったり、遊具のほとんどない、有っても宝くじの収益金で作った黄色い白痴顔のらくだがあるだけの埃っぽい公園や、荒れ果てて鳥居の塗りも半ば剥げかけ、神様さえ飲んだくれてるんじゃないかっていう神社、その裏の立ち入り禁止区域、その他もろもろ、先生が入っちゃ行けませんっていう場所はあらかた制覇して、残酷なばかりの速度で陽が落ち切るとみんなそれぞれてんでに砂だらけのランドセルを取り、たそがれの光に顔の判別さえつかなくなって手を振りながら自分の家に帰ってく。みんなの姿が完全に見えなくなり、自分の指が何本あるのかさえ判らなくなってから、僕はようやく立ちあがる。その後の作業は半ば義務だ。右足は勝手に方向を選択し、左足は自動運転で帰るべき家を目指す。顔は下を向いている。目は、見えないはずの道端の小石を数えている。ドアの前に到達して、両足がオートでストップすると、僕は顔を上げる。そうして、立ち竦まないうちに右手がドアを開ける。日々繰り返されるそのタイミングは神業的だ。ドアを開けると卓の上には夕飯の準備がすっかり出来上がっている。それをはさんで向こう側、女髪を結った黒留袖姿の女が座って僕を待っている。女はうっすらと隈の浮いた目で笑うとおかえりなさいと言う。僕は、この母が一番好きだった。この母が、というのも、僕にはたくさん母がいたからだ。この黒い女は大抵金曜日に来た。そしていつも計ったようにぴったりと、僕が帰ってくると同時に湯気の向こうで微笑むのだった。

 ほかの母はというと人それぞれで、例えば金髪の女でくちびるの右上にちいさな黒子のある女がいたのだが(金髪は地色ではなく勿論日本人だった)その女は大抵日曜日に来た。と言うより、日曜日にしか来なかった。彼女はほとんど喋らず、僕が1日中寝ていようと畳の上に座っていようと遊びに行こうと無頓着で、一言も喋らなかったし笑わなかったが、何故だか僕は嫌いではなかった。金髪の女は日曜の朝になるといつのまにかいて、月曜が来るといつのまにかいなかった。

 月曜日は、青い女の日だった。それはいつも青いスーツを来た若い女で、短い黒髪がぺたんと頭の輪郭線に張りついていて、小作りで可愛らしい感じの女だった。ノートや筆記具他生活必需品を買ってくるのはこの女の役割のようだった。僕が起きるとすでに朝食の用意ができており、彼女は「何してるの、学校に遅れるわよ」とプログラムされたように毎度同じセリフを吐くのだ。青い女はよく笑いよく怒り、非常に普通の人間らしい人間だったが、その瞳の中に底知れぬ悪意がこちらを覗いているように思えて、僕は決して彼女の顔を正面切って見なかった。見てしまうと、その日1日他人と口を利かなかった。そうして僕が寄り道もせずに家に帰ると、「父」がいた。「父」はまだ黒々とした髪を後ろに撫で付けて、背広を脱ぐだけで着替えようともせず、居間の畳の上にあぐらをかいて煙草を吸っている。僕が帰ってきたのを見て取ると、あわてて煙草をもみ消して上着を取り、「おかえり」とだけ言って入れ違いに出ていく。そうして次の月曜の夜まで顔を出さないか、あるいはもっとうちには来ない。    

 それから先は判然りしていなくて、誰かいるか誰もいないか、ゴハンだけが卓の上に置かれていることもしばしばで、あぁそうそう、黄緑色の女。この女は確かにいるにはいるのだが、僕が帰ってくると奥の部屋に引っ込んでしまう。そうして朝まで出てこない。ときどき、月曜日の「父」とは別の男が一緒のときもあって、その男は仏頂面に四角いメガネをかけていてなんだかお医者さんみたいな感じの人で、僕はそいつを「白衣の父」と勝手に呼んでいたのだが(何しろ僕は「父」と「母」の名前をひとつも知らない。)彼はオムライスしか作らなかった。しかし卓の上に算数のドリルなどを放りっ離しにしておくと次の朝には鉛筆の走り書きで解きかたのヒントが書かれていたりして、なんとなく頼もしい感じで悪くなかった。「白衣の父」が本当の父だったら好いなと思った。お母さんはできれば黒い女が好いけれど、彼らが二人一緒にいるところは見た事がない。ほかにも何人か入れ替わり立ち代り、桃色の女(こいつは菓子しか作らない)や灰色の女(若白髪)、途中で何人か来なくなってまた何人か新顔が加わって、常時6人ほどの男女が僕の家にはローテーションで出入りしていた。そんな日々が続いていたある土曜日の真夜中、僕は幽かな歌声に目を覚ました。眠気に引き摺られながら瞼を開けると、枕元には例の黒留袖の女が腰を下ろしていた。「あら、起こしちゃった?ごめんなさいね」と女は言った。ううん、だいじょうぶ。もう充分寝たから。「そう?そんならお散歩に行くと好いわ。その間に朝御飯を作りますから」。僕は肯くと、大好きな「黒い母」の顔をまじまじと眺めた。なぁに?何か言いたいの?女は黙って首を振った。「いいえ、あたくしに云える事はなンにも有りません。さ、お外は寒いからコートと手袋をお召しなさいな。鞄も持ってね。マフラーはここ。巻いて上げますからぢッとして。」僕はされるがままに棒立ちして、ひざまづいて僕の首にマフラーを巻きつけている女のつむじに視線を落とした。巻き終わると女は僕を玄関まで歩かせ、ドアノブに手をかけた。「お行きなさいな、早足でね。外は寒うございますよ」。そう言って、そのひとはドアを押し開ける。

冷たい風が頬を掠めて、僕ははじめて立ち竦む。それまで慎重に避けてきた何かが、僕のルートに触れるのを感じた。じゃ、ちょっと行ってきます。僕は言う。「待って。」女が言う。僕は期待する。女は黙って、僕の頭に何かごわごわしたものを被せる。それは毛糸の帽子だ。彼女の手製であるらしい。サイズが少し大きかった事を確認した彼女の眼でわかる。ぐい、と、ほとんど体当たりをするようにして僕は家の外に転がり出る。女がたたらを踏む。その目が最後に僕の視線を絡め取るより速く、僕は走り出す。家がある小さな丘の上から、ただ落下の速度に任せて両足を交互に踏み出す。冬の空気が肺を刺す。咽が焼ける。風が這入って涙の膜が張るが早いか凍り始めて僕は瞬きも忘れて目を見開く。下り坂が上り坂に変わる瞬間、僕はひとりの見知らぬ女とすれ違った。女はレヱスのすりきれた真白な服を着て、僕に一瞥もくれず通り過ぎた。西向きの風に一瞬翻った色素の薄いウエーブの髪の下に覗いたうなじに星が瞬くほどの束の間郷愁を覚えた。丘の上には、あの家しかない。僕は後を見ず、安全な場所まで駆け続けた。街並みの向こうに、僕の家がかすんで消えてしまうまで。鞄を見ると、その中にはハンカチが3枚とチリ紙ひとつ、それからありふれた茶封筒が入れられていた。封筒の中には、僕には読めない桁の金額が記入された預金通帳と印鑑、知らない街の住所と見覚えない名前が載せられた走り書きのメモ。あの人の字なのかどうかはわからなかった。あの人の書いた文字を見たことがなかったから。柔らかく息づく文字を辿って、とりあえず僕は歩き出した。

 あれから十五年、もうどこにあるかも忘れてしまった、丘の上のあの家には帰っていない。

 

(了)

 

 

NOTE:多分高校生の頃に書いたもの。旧いディスクから発掘したので御目見え。

 

 

 

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