戯曲『雨降り花』 

 

 

   音楽。

アナウンス。人々のざわめき。そこは、電車の中である。

人の波に押されて、制服を着た少女がひとり、乗り込んでくる。

  ドア、閉まります。ご注意下さい。次は、・・・・・・・・

 

少女 その朝も電車はいつものように私を乗せるといつものように走り出しました。

電車が揺れる)・・・電車というのは、人が立って乗るようには出来ていないと、毎

朝考えます。こんなつり革一本で全体重を支えるのは無茶です。だから、電車が揺

れるたびに、あっちにゆらゆら、こっちにゆらゆら・・・

   国語算数理科社会、あ、英語の予習やって無いや。今日は当たるかな・・・〇日だ

からへーキか。

車内放送 つぎはー「いつもの」、「いつもの」お忘れ物の無いように、ご注意下さい

 

少女 いつもの駅で降りて、商店街を抜けたところが私の学校です。あれ、定期を・・・・どこに入れたかな・・・・

 

   そうこうしている間に、音を立ててドアが閉まり、電車が走り出す。

 

少女 そんなわけで、私は電車を降り損ねたのです。仕方がありません。だって定期がな

いんだから。

   窓の外には、いつもの通学路。コンビニ、本屋。花屋のシャッターは、まだ閉じた

ままです。見慣れた制服の一団が、葬列のように過ぎて行きます。いつもの横断歩

道。道路が複雑に絡み合っていて、一度信号が赤になるとなかなか変わってくれま

せん。そこを渡っていく、見慣れた小さな背中。彼女は・・・・あ、ちかちかして

る。・・・ぎりぎりセーフ。ほっとしたように一瞬立ち止まって、狭い路地に消えて

行く・・・・彼女は、雨女。私は晴れ女。だから、二人で出かける時はいつも、ど

っちつかずの天候です。

   

彼女 アメフリバナって、しってる?

少女 なにそれ?

彼女 そのまんまよ。あめのふるはな。聞いたことない?

少女 ない。

彼女 そっかぁ・・・・ないかぁ。

少女 なに、どうしたの急に。

彼女 うーん、あのね、アタシが幼稚園のころ、りゅうちゃんって男の子がいたのね。その子、大きな犬を飼ってて、いつもお父さんが朝、幼稚園まで送ってくるんだけど、犬の背中に乗ってくるの。

少女 ネロとパトラッシュみたいに?

彼女 そう。それでね、その子が教えてくれたの。「とると雨が降る花があるんだよ」って。

少女 どんな花?

彼女 わからないの。

少女 は?

彼女 今度一緒に実験しようね、って約束してたんだけど、引っ越しちゃったの。すごく突然。

少女 ふうん。

彼女 雨、降りそうだから。

少女 うん。

彼女 だから、知ってるかなと思って訊いたんだけど・・そっかぁ、やっぱ知らないかぁ。

 

停車。

 

少女 そろそろ、ホームルームが始まるころです。

 

生徒 きりーつ。きをつけー。れーい。

教師 お、サイトウがいないな。誰か、連絡受けてないか。スズキ、なにか聞いてないか。

彼女 いえ。

教師 じゃー遅刻か。珍しいな、あいつが遅刻とは。えー、今日のニ時間目は、昨日連絡

した通り・・・・・・

 

    停車。

 

少女 ひとり、またひとりと乗客が降りて、窓からは朝の光がさし込んでいます。窓の外はいつか見たような景色で、

   電車がどこへ向かっているのか、私はまだ、知らない。  

   

少女、鞄から本を取り出して、読む。

 

ゴーシュ 猫、まだこりないのか。

ゴーシュが叫びますと、いきなり天井の穴からぽろんと音がして一疋の灰いろの鳥が降りて来まして、床へとまったのを見るとそれはくゎくこうでした。

ゴーシュ 鳥まで来るなんて。何の用だ。

かくこう 音楽を教はりたいのです。

ゴーシュ 音楽だと。おまへの歌は、かくこう、かくこうといふだけぢゃあないか。

かくこう ええ、それなんです。けれどもむづかしいですからねえ。

ゴーシュ むづかしいもんか。おまへたちのはたくさん啼くのがひどいだけで、なきやうはなんでもないぢゃあないか。

かくこう ところがそれがひどいんです。たとへば、かっこうとかうなくのと、かっこう、とかうなくのとでは聞いてゐてもよほどちがふでせう。

ゴーシュ ちがはないね。

かくこう ではあなたにはわからないんです。わたしらのなかまなら、かっこうと一万云へば一万みんなちがふんです。」

 

女の子とおばあさんが乗ってくる。

 

子供 おばあちゃん、後電車いくつで着く?

老女 次でおしまいだよ。

少女 向かいの席の女の子が花を持っていました。うっすらピンクの、朝顔に似た花です。

   なんという名だったか、その花の名は・・・・・

子供 (窓の外を見ようとする)

母親 お外見るなら、お靴脱いでからにしなさい。

子供 はーい。

少女 女の子の靴は、黄色い大きな長靴でした。そういえば、随分長いこと、長靴を履いていないな。

大人になってしなくなること。水たまりを渡り歩くこと。冬の朝、霜柱を踏んでみること。傘で地面をつつきながら歩くこと。ちいさいころ、いつも曲がって、骨の折れた傘をさしていました。

成長するに連れ、地面から離れるに連れて忘れてゆくこと。

    私はいつから、真っ直ぐな傘をさすようになったんだろう・・・・         

子供 (窓の外を示して)ばら、ひまわり、きく、さるすべり・・・・

少女 ああ、そうだ、たしかこの花は、ヒルガオ・・・・

老女 (女の子の花を示して)雨降花。

子供 アメフリ・・・?

老女 その花を摘んで、地面に伏せておくとね、雨が降るんだよ。

子供 ほんと?

老女 ほんと。

子供 どうしよう、明日、遠足なんだよ。

老女 だいじょうぶ、今日降ったら、明日は晴れるよ。

子供 ほんと?

老女 ほんと。 

 

女の子とおばあさんは、次の駅で降りていった。

女の子の通った後に、さっきの花がいちりん、落ちている。少女、落花を拾い上げ

る。

 

少女 雨降花・・・・

 

 

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

欲ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシズカニワラッテイル

 

少女 この花を見せたら、彼女はどんな顔をするでしょうか。・・・・よろこんで、くれる

でしょうか。

 

 少女、ポケットに手を入れる。そこには、実にあっさりと、定期入れがある。

   電車が止まる。少女、電車から降りる。

 

 

 

Note:高校三年時に、文化祭で有志上演した脚本です。役者は三人でした。

 

 

 

 

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